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苦しかった夏合宿が、私の人生を何度も救ってくれた。

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苦しかった夏合宿が、私の人生を何度も救ってくれた。

苦しかった夏合宿が、私の人生を何度も救ってくれた。

2026/07/19

 昨日の夜は、守谷に住む末娘を呼び出し、一緒に今月末から事務所兼自宅となる予定の物件を見学してきました。


新しい生活への期待を胸に、その後は近くの鮮魚料理のお店で、美味しい料理とお酒をいただきながら、親子でゆっくりとした時間を過ごしました。





帰りのつくばエキスプレスの中で、何気なく読んだYahoo!ニュースの記事に、私は思わず目を止めました。


元読売ジャイアンツ・篠塚選手が、故長嶋茂雄監督から受けた新人時代の厳しい伊東合宿について語っていた記事です。




その中に、

「目をつむると、すぐに朝が来る。それが本当に嫌だった。」

という一節がありました。




その言葉を読んだ瞬間、私の記憶は45年前、1981年の夏へ一気に戻りました。



初めて参加した慶應義塾大学ラグビー部の山中湖合宿。


私にとって、あれほど厳しい二週間は人生で初めてでした。




同期は24名が卒業まで残りましたが、その同じくらいの人数が、この夏合宿が終わるころまでに辞めていきました。


それほど過酷だったのです。


特に、1年生の中でも期待されていた数名は、通常練習だけでは終わりませんでした。




私もその一人でした。


午前練習の前。


午前練習。


午前練習後の特別練習。


午後練習の前。


午後練習。


午後練習後の特別練習。




一日に六回とも言えるような猛烈な練習が待っていました。



毎日、身体中が痛い。


立ち上がるのもつらい。


夜、布団に入ると一瞬で眠りに落ちる。


そして、目を閉じたと思ったら、もう朝。


「ああ、また始まるのか……。」




篠塚選手の記事を読みながら、「そうだ、まさにあの感覚だった」と思い出しました。



当時は、正直に言えば先輩方を恨んだこともありました。


「なぜここまでやるのか。」

そう思ったことも一度や二度ではありません。




しかし、今になって振り返ると、その気持ちは感謝へと変わっています。


あの二週間が、私の人生を鍛えてくれました。


どんなに苦しくても、最後までやり抜く。




逃げない。


あきらめない。


その根性は、社会人になってから何度も私を救ってくれました。


プルデンシャル生命での営業もそうでした。


会社経営もそうです。



苦しい時、「山中湖よりは楽だ。」

そう思えたから、乗り越えられたことが何度もありました。


人は、苦しかった経験ほど、その時は意味が分かりません。


でも年月が経つと、その経験が自分を支えてくれていたことに気付きます。





今、私は30年間暮らした品川を離れ、新しい生活へ向かおうとしています。


人生には、何度も新しい挑戦があります。


しかし、その挑戦を支えてくれるのは、若い頃に汗を流し、歯を食いしばりながら積み

重ねた経験です。





1981年の山中湖。


あの地獄のような二週間は、決して無駄ではありませんでした。


私の人生を何度も救ってくれた、かけがえのない時間だったのです。


あの頃、厳しく鍛えてくださった先輩方に、今は心から感謝しています。





深謝!

山中湖

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